『左手一本のシュート』ネタバレあらすじと感想!突然脳出血で倒れた正幸は…

2020年スペシャルドラマ

今回は、2020年3月14日放送『左手一本のシュート』のネタバレあらすじと感想をまとめました。

このドラマは、ある日突然脳出血で倒れ、右半身麻痺になってしまった田中正幸さんの実話を元に作られています。

いつかまたバスケットボールの試合のコートに立つことを夢見て、ひたむきに頑張る正幸…。

その姿を、中川大志さんが自然体で演じてらっしゃいます!

それではさっそく、ネタバレあらすじを見ていきましょう♪

 

『左手一本のシュート』ネタバレあらすじ

高校の入学式3日前

中学時代からバスケ部で活躍していた田中正幸(中川大志)は、入部が決まっていた日川高校バスケ部の遠征に参加していた。

しかし正幸は、試合会場で突然倒れ意識を失ってしまう

正幸は救急車で病院に運ばれ、脳動静脈奇形による脳出血と診断された。

緊急手術により一命は取り留めたものの昏睡状態が数日続いた。

その間に、高校の入学式は終わり、正幸は16歳になっていた。

手術から8日目奇跡的に正幸の意識が戻った

日川高バスケ部顧問・古田(駿河太郎)は部員たちを連れ、さっそく見舞いに訪れるが、正幸はボーッと1点を見つめているだけだった

それを見た古田たちは、想像以上に厳しい現実にショックを受けた。

古田は、正幸の母・一女(永作博美)に寄せ書きしたバスケットボールを渡すと帰っていった。

そんなある日、帰ろうとする一女に正幸は『どこ…行くの…?』と話しかけた。

正幸はたどたどしい話し方ではあるが、ちゃんと会話ができるくらいに回復していた。

しかし正幸は、脳出血の後遺症で右半身麻痺になっていた。

医師から前のようにバスケをすることはできないと言われた正幸は、みんなが寄せ書きしてくれたバスケットボールを見て涙を流すのだった。

リハビリを始めた正幸

翌日、一女が正幸を元気づけようと病院を訪れると、正幸は病室にいなかった。

一女が慌てて院内を捜すと、正幸はリハビリ室で歩く訓練をしていた

びっくりする一女を見て、正幸は『お母さん、諦めないから…。バスケ…やるから…』と笑顔で言った。

その後、正幸は神奈川リハビリ病院に転院した。

担当の理学療法士・丸谷(勝矢)は昔バスケをやっており、恰幅のいいプロレスラーのような男だった。

正幸は丸谷たちに、中学時代にエースとして活躍していた頃の動画を見せると『バスケ、またやれるか?』と尋ねた。

しかし丸谷は『まずはまっすぐ歩くことからだ』と言った。

それから正幸のリハビリの日々が始まった

メールができるようになった正幸は、田富中学時代の担任・二宮先生(安藤玉恵)に毎日近況報告をした。

またバスケをやりたい。みんなに会いたい

正幸はそれだけを胸にリハビリを続けた。そして、走れるまでになっていた

そんなある日、正幸は利き腕交換を嫌がり、動かない方の右手の訓練をしてほしいと駄々をこねた。

正幸は右手をよくしないと、バスケができないというのだ。

そんな正幸を見て、丸谷は『まずはこの左手を味方につける!なんでも1人でできるようになること、それが1番大事だ。バスケはその後だ』と言うのだった。

それを聞いた正幸は、車イスで外に出ていってしまった。

その後丸谷から話を聞いた一女は、『厳しくしてもらったほうがあの子のためです』と言うと、『あの子はもう1度コートに立てますか?』と尋ねた。

すると丸谷は神妙な顔で、『競技は無理でしょう。これまでのようなレベルで運動するのは不可能だと思います』と一女に言った。

一女は『わかりました』と俯くと、『わかりました』ともう1度笑顔で頷くのだった。

いつか やがて きっと…

そして時は経ち、2007年11月。正幸が1人で、母校の田富中にやってきた。

それを見て、田富中バスケ部顧問の森川(石黒賢)と二宮先生は大喜びで窓から手を振った。

正幸は森川のところに行くと『ありがとう、日川高校に行けるようにしてくれて』と言った。

森川は正幸が倒れた時に、日川高校の校長に掛け合って、休学にしてもらったのだ。

そこに正幸のバスケ部の後輩・健太(前田旺志郎)が現れた。

健太は『日川高校のバスケ部に推薦が決まった』と嬉しそうに報告すると、友達に呼ばれ走っていった。

その姿を、正幸は羨ましそうに見送った。

すると森川が突然『いつか やがて きっと』という言葉を口にした。

『続きは?』という正幸に、森川は『自分で考えろ』と答えた。

正幸、高校に入学

そして2008年4月。正幸は1年遅れて高校の入学式を迎えた。

正幸がさっそく体育館に行くと、バスケ部員たちはみな『おかえり』と正幸を温かく迎え入れた。

正幸は、中学時代の同級生・浩志(石内呂依)に『オレ必ずコートに戻るから』と言うと『それまでチーム、頼むわ』と笑って言った。

〈いつか やがて きっと 〉

この言葉を胸に、正幸の高校生活がスタートした。

そんなある日、古田は健太を呼ぶと、正幸のお世話係に任命した。

健太は中学時代からずっと憧れの正幸のお世話ができると、張り切って正幸の世話を焼くようになった。

その姿を見て、『何あれ』と他のクラスの女子たちが笑っていた

それから、正幸は『柏塾』というリハビリの治療院に通うことになった。

『バスケをしたい。そのためには何をしたらいい?』という正幸に、訓練士の柏木(吉澤健)は『飛ぶのを試してみよう』と言い、いきなりジャンプさせた。

正幸は必死にジャンプしようとするが、足が動かず倒れそうになった。

しかしそれからしばらく経つと、正幸はどこで練習したのか、50cmもジャンプできるようになっていた。

そんな正幸を見て、正幸の父・正喜(古市漫太郎)は庭にゴールポストを作ってくれた。

それから正幸は、動く左手1本でシュートの練習を始めた

チームを支える正幸

そんなある日、強豪甲府西高との練習試合があり、正幸と同じ中学でライバルだった清水湧(ともやん)がスタメンで出場していた。

古田から『湧の動きをよく見ておけ』と言われた正幸は、試合中のみんなの動きをじっと見ていた。

試合は惨敗に終わり、古田は正幸に愚痴をこぼした。

すると正幸は的確にみんなの弱点を指摘し始めた

それを聞いた古田は『おまえよく見てたな』というと、正幸にチームの分析と指導を頼んだ

それから正幸は毎日、コートの外からみんなに指示を飛ばすようになった。

正幸は一緒にコートには立てないが、チームを支える、なくてはならない存在になっていた。

その姿を、以前正幸のことを見かけ笑っていた女子生徒(高岡凛花)がじっと見ていた

右半身麻痺のことを言えない正幸

2009年12月。高2の冬。

正幸は1日も休まず、部活に来ていた。

ランニングも基礎練も、みんなから遅れながらも一緒に行っていた。

そんなある日、正幸が1人シュート練習をしていると、いつかの女子生徒が現れボールを拾ってくれた。

彼女は『市原梨沙』と名乗ると、『どうしてバスケ部にいるの?』と尋ねた。

正幸が言葉に詰まると、彼女は『ごめん…』とその場を立ち去った。

数日後、正幸は田富中に行くと、二宮先生に梨沙のことを話した。

すると二宮は『どうして言わなかったの?脳出血の後遺症だって』と正幸にいった。

正幸はクラスのみんなに、右半身麻痺のことを言っていなかったのだ。

『なんか言いにくい』という正幸に、二宮は『いつか自分から話したいと思う日がくるかもね』と言うのだった。

そして3月。

同い年の浩志たちが卒業することになった。

正幸たちは『なんでこんなにバスケ好きなのかな〜?』『わかんねー!!!』と叫ぶと、体育館に走っていった。

正幸はドリブルも投げることもできるようになっていた

正幸がベンチに入ることに!

2010年5月。正幸は高校3年生になっていた。

でも、チームは県予選の初戦で敗退。

古田は『このままではインターハイ予選を突破できないぞ』と檄を飛ばした。

その帰り道、古田は正幸に『インターハイ予選、高校最後の試合に出てみないか』と言った。

すると正幸は『少し考えさせてください』と答えた。

その夜、正幸は庭でゴールを見つめ、ため息をついていた。

そんな正幸を見て、一女が声をかけた。

すると正幸は『お母さん、オレ試合に出てもいいと思う?』と尋ねた。

一女は、試合には出たいけど前のようにはできないと悩む正幸に『自分のことは自分で考えて決めるしかない』と言う。

部屋に戻ると、正幸は月明かりの中、バスケットボールに寄せ書きされた言葉をひとつひとつ見るのだった。

翌日、古田はみんなに『卒業前に、正幸にユニフォームを着せてやりたい』と提案した。

今までずっとチームを支え続けてくれた正幸をベンチに入れ、チャンスがあれば出してやりたいというのだ。

するとみんなは次々に賛成、健太は正幸の隣で嬉し泣きをするのだった。

それから、正幸が試合でシュートを決めるにはどうしたらいいか、毎日作戦会議が開かれた。

正幸のシュートはなかなか決まらなかったが、健太がパス役に代わると、うまくパスが通った。

正幸のシュートは外れるが、みんなは『今までで1番良かった!』と手応えを感じるのだった。

そしてベンチに入るメンバーが決まり、正幸も名前を呼ばれ、ユニフォームを手渡された

正幸はユニフォームを手にすると、玄関の外で梨沙のことを待った。

そして帰ろうとする梨沙に声をかけると、『好きだから!…バスケが』とあの日梨沙に聞かれた理由を答えた。

突然のことに驚く梨沙だったが、正幸はずっとつっかえていた言葉を言うことができて、すっきりするのだった。

左手一本のシュート!

そしてついにインターハイ予選初戦の日

正幸が試合に出るという噂を聞きつけ、みんなが応援に駆けつけた。

古田はそれを見て、『わかったよ、正幸を試合に出す。でもそれには少なくとも30点以上の点差が必要だぞ』という。

みんなは気合を入れ、試合を開始。

しかし正幸を試合に出したいという気持ちが空回りして、次第に点差が縮まってしまう。

そんな仲間たちを見て、正幸は『俺のことは考えなくていいから、勝つことだけ考えよう』と声をかけた。

するとプレイに活気が戻り、徐々にまた点差が開き始め、40点差になった。

正幸は必死に応援しながら、古田を横目で見た。

健太はそんな正幸のバッシュの紐を結び直すと『これでOK!』と笑った。

それを見た古田はゴーサイン。

ついに正幸が試合に出ることになった

コートに立った正幸にいきなりパスが回ってきた。

正幸はそれを受け止めるとシュートした。

正幸が左手一本で放ったシュートは綺麗な弧を描き、ゴールに吸い込まれた

それを見たみんなは歓喜に湧いた。

試合終了のホイッスルが鳴り挨拶すると、みんなは正幸を囲み拳を突き上げた。

ついに夢を叶えた正幸はその場に座り込むと、泣きじゃくるのだった。

あなたにとって夢とは…

後日、正幸は田富中で講演を行うことになった。

でも、一女は正幸がちゃんと喋れるか心配でたまらない。

正幸はそんな一女に『バスケのことは全然心配しないくせに』と笑いながら出かけていった。

外まで出て見送る一女に、正幸は『ありがとう!』と振り返り叫んだ。

一女は、突然のことに胸がいっぱいになり涙ぐんだ。

でもすぐに元の調子に戻ると『何言ってんのよ、感謝するのは私じゃないでしょ?あんたの周りのみんな!』と言った。

それを聞き、正幸は笑顔で手を振り歩いていくのだった。

そして正幸は、田富中の生徒たちの前に立つとこう話し始めた。

『みんなは夢を持っていますか?夢はどんな存在だと思いますか?』

現在、正幸さんは28歳。今も夢を持ち続けている

※これは、2020年3月時点での情報です。

 

『左手一本のシュート』の感想

見終わって、うーんすごい!の一言です。

だってこれ、実話なんですよ?

実際には他にもいろいろあったと思いますが、とにかく正幸くんが前向きなんですよね。

『いつか やがて きっと』この言葉を胸に、ひたすら、本当にひたすらもう一度試合のコートに立とうと努力する姿が心に残りました。

そんな正幸くんだから、きっと周りにこんな素敵な人が集まってくれたんでしょうね。というか、みんな素敵な人になったんかな?

正幸くんを取り巻くすべての人たちの温かいこと

お母さんもお父さんも、先生たちもチームメイトたちも…。こんなことある~?って思ってしまいました。

また、お母さんの一女さんが凄すぎる

正幸が急に倒れた時も、『これは先生のせいじゃない。先生はたまたま居合わせただけです』と気遣ったり、いろいろ不安があっても正幸の前では明るくしてるんですよね。

だから最後、正幸が一女さんに『ありがとう』って言って、一女さんが『感謝すべきは私じゃないでしょ。周りのひと』と涙ぐむところは、感動してしまいました。

まさに理想の母親だ~(泣)

そして、なんと言っても健太くんの存在がよかったな〜。

彼は、正幸の中学の後輩ですが、正幸のことを本当に尊敬してて。病気してからもその想いは一ミリも変わらなくて。とにかく真っ直ぐなんですよ。

正幸が試合に出られることになってからは、どうしたら正幸がシュート決められるか一生懸命考えていて、うるっとしてしまいました。

正幸くん、試合でシュート決められて、ほんと良かったなぁ~~。

バスケや試合の様子も本格的で、見ごたえがありました。

私はもういい年ですが、『いつか やがて きっと』この言葉を胸に夢を持ち続けたいなと思いました。

とにかく、見てると元気になれる。そんなドラマでした!

 

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。